i-chi-tora’s ura-diary 一虎裏日記

"王様の耳はロバの耳"よろしく、徒然なるままに憎らしくも可愛い娘&息子の愚行を愛をもって暴露していくことを中心とする裏日記

くつろぎ空間

ようやく暖かい春らしい日がやってきた。

気温20度前後となると我が家は冬眠から目覚めた動物かのように隙あらば公園へ行き、太陽を楽しむ。ご飯を食べたり、走り回ったり、ごろごろしたり、昼寝したりと、日焼けの三文字を頭から消去して、これでもかってくらい芝生の上でくつろいで過ごす。

水曜の午後は娘も息子も午前中の授業だけなので午後一時半には帰ってくる。息子は学校で昼食をとってから帰ってくるのだが、娘は昼食をとらずにお腹を減らして帰ってくるので、彼女の帰宅後すぐに二人で一緒に昼食を食べる。

しかし、昨日のお昼は「とても暖かく、いいお天気になる」という情報を手に入れたため急遽、近所に住む友人とその娘さん(7才)を誘って、娘の帰宅後すぐに皆で近くにある大きな公園へとサンドイッチとおやつをもって向かった。

週末の午後にいくルーブル美術館の近くの公園を遠征先とすれば、そこはもはやホームグラウンドとでもいえるぐらい我が家御用達の公園で、たどり着くや否や、娘、息子と友人の一人娘エリザベス(仮)はここぞとばかりに遊び回った。

あまりの楽しげな子供達の様子に、カメラを忘れたことを悔やんだ。だだっ広い公園内で動き回る子供達を携帯電話を使って写真に収めるのは至難の業だと早々にあきらめ、しょうがないから自分のくつろいでる様でも撮ってみた。

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ゴロゴロとしながら友人と二人でくだらない話をしていると時折、エリザベス(仮)が

『お花屋さーん』

と、どこからともなくお花を摘んで届けに来てくれた。

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『めちゃくちゃかわいいぃぃぃ!ありがとう~!』

と日頃から愛孫のように溺愛してるエリザベス(仮)にお礼を言いながら、そういや、うちの娘も小さい時に全く同じことをしてくれたなと思い出し、

『あの頃はもっと小さくてかわいかったのになあ…』

等と友人にぼやきながら笑いあった。

しばらくすると子供達も疲れてきたのか走り回って遊ぶことをやめていて

『もう、あれやな。ここ家やわ。』

と思わずつぶやいてしまうくらい、芝生の上にだらける三人がいた。


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すっかり夕方になったし、もういい加減疲れたのだろうと本当の家に帰ろうと提案し帰路に着いた。

帰る途中にかわいい鴨の親子連れに遭遇し、おもわず

『こんなかわいくついてきてくれるのは今だけやでー』

と言ってしまった。

 

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大きくなってもかわいいんですけどね。

 

 


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おまけ写真(8年前)息子サングラスが反対……

行先は

息子が遠足へ行った。

他のフランスの小学校がどうかはよくわからないので一概に言えないのだが、息子が通っている小学校を見ていると、フランスの公立小学校の遠足というのはクラス単位で企画されているように思う。クラス単位で企画というと、クラスで遠足日程や順路をずらして各クラス別々となり遠足へと向かうくらいのものだろうと思われるかもしれないが、そうではない。なんと各クラスによって、行先、回数、時期、テーマ、全てにおいて異なるのだ。

どうしてそんなことになるのかというと、どうやら最初の発案の時点から担任の先生に一任されているようなのだ。例えば勉強大好きお外嫌いなインドア派先生のクラスの場合、一切の遠足を企画されず、一年中遠足にいかないで終わるといったこともある。逆に、勉強ぼちぼちお外大好きアウトドア派の先生のクラスは一年の間に何回遠足行ったら気が済むんだ!?ってくらい遠足へ行ったり、二週間にもおよぶヨット研修や林間学校なども企画してくれたりする。不公平すぎてよく問題にならないなと思うのだが、どうやらこれがフランス式のようで、特に保護者が怒ったりと問題が起こったこともなく、担任の先生の違いで子供たちの年間スケジュールが変わるのはとても普通のことなのだ。

そんなちょっと当たりはずれ感のクラスからなるフランスの小学校に通う息子の現担任の先生は、学校一の超アウトドア派で暇さえあれば遠足に行くタイプだ。

 

数日前の連絡帳に「もうすぐ遠足にいきます。行先は…」と、数件の遠足の行先と日時が書かれていた。その一件に『フィルハーモニーパリ(パリ管弦楽団コンサートホール)でオペラ鑑賞』という大人ですら羨ましくなる内容の遠足があったのだ。大の音楽好きコンサート好きの息子からすると聖地とも言える場所への遠足ということで、もちろん息子は舞い上がり

フィルハーモニーいくねんでー!フィルハーモニー!』

と遠足までの数日間、嬉しそうに何度も連呼していた。

 

そして遠足当日は、もちろん朝から浮かれて浮かれて学校へと向かっていった。

「今頃オペラなんか見てるのかーいいなーフランスの小学生ー」

などと思いながら日中を過ごしていた私は、夕方になり息子が帰ってきてすぐに

『どうやった?楽しかった!?』

と聞いてみた。すると

『楽しかったよ!でも今日は音楽聞くのじゃなくて建物見ててん!』

とのことだった。てっきりオペラ公演は急遽中止にでもなり、館内見学にでもなったのかと

ママ(私)『そうなん?オペラなくなったんかな?それは残念やったね。でもあの建物めちゃくちゃかっこよくてママはすごい好きやから、建物見学にママも行きたかったなー。』

息子『すごい楽しかったよ!めっちゃ建物見てたん!』

息子の嬉々とする様子をみて、音楽がなくとも楽しめたようでそれは何よりだったなと思えた。

 

夜になり、珍しく休日の主人とともに四人で夕食をとっていると息子が

『今日の遠足はなー(地下鉄)8番線と6番線で行ってんで。10番線と6番線でもよかったのにな。その方が早いし乗り換え近いと思うのに。』

とつぶやいた。その瞬間、同時に他の三人の動きが止まった。

主人&私&娘『んんん?』『なんでよ?』

『6番?』『8から6?』

『6じゃないやろ?』

息子『え?なんで?8に乗って、6のトロカデロで降りたで?』

娘『なんでよ!おかしいやん!コンサートのとこって駅そこじゃないやん!もっと遠くやん!』

マ『トロカデロにフィルハーモニーはないよ。全然違うとこやで。どこいったん?』

主人『トロカデロで降りて広場あった?エッフェル塔も大きく見えた?でもフィルハーモニーもみたん?』

息子『うん見たよ。トロカデロで降りたよ。広場もエッフェル塔も前にあったし、フィルハーモニーも全部見た。』

聞けども聞けども息子の発言内容がかみ合わなく、息子以外の三人で協議となった。弱電車オタクな息子が自分の降りた駅を間違えているというのは考えられなく、供述的に息子の行った先は間違いなくフィルハーモニーパリがある駅ではないトロカデロという全く違う場所の駅だという結論に至ったのだが、ではなぜ息子はフィルハーモニーを見たと言ってるのかという謎が残った。

主人『駅についてどっちに行った?階段上がってからどうした?右に行った?左?』

息子『左』

主人『そこからどうした?』

息子『まっすぐ行って広場の向こうの建物にいったよ。』

マ『ああああ!わかった!そこ建築博物館のとこやん!!上の階に模型あるわ!!』

息子『?』

マ『真っ赤な壁の部屋があって、これぐらいの大きさのフィルハーモニーパリの建物が机においてあったやろ?』

息子『そうそう!!フィルハーモニー全部ぐるって見れたで!!!』

娘『あああ…。』

主人『……なるほどな。』

 

どうやら、遠足内容が建築博物館の見学という事実から『フィルハーモニーパリ(模型)見学』へと息子の脳内にて都合よくクローズアップ変換されていた模様。

息子の連日のはしゃぎ様と遠足日程の多さから、一家全員で息子の遠足先勘違いを起こしていた上、息子のご都合変換能力により危うく事実を見失うところであった。

 

連絡帳を確認したところ、フィルハーモニーパリへは5月初旬に行くとのこと。

次は間違えないよう、どこかにメモして張っておくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園にて(娘編)

いつもなら娘の音楽教室のレッスンの間に息子と二人で公園へいってお昼ご飯をたべるのだが、一昨日は珍しく息子がレッスンの間に娘と二人で公園へ行った。


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お天気がよかったものの気温は10度ほどと低く、薄い春用のジャケットを着ていた娘に何度となく寒くはないのかと尋ねたが、彼女は全く平気な様子で全然寒くないと一人楽しそうにはしゃぎならが歩いていた。

いつも息子とお昼ご飯をたべる場所へと行き、腰をおろして作ってきたサンドイッチを食べた。

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昼寝こそしなかったものの、


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走り回り

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走り回り

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走り回り

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のぼって

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進んで

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ぐいぐい

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ぐいぐい先に行く。

 

姉弟の公園での行動が酷似しすぎて既視感大。

 

 

週末の公園

うちの子達が犬のように思えてならない。

 

 

 

 

 

 

 

過去記事

公園にて(息子編)

i-chi-tora.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

受けとめてとは言えないけども

 

土曜日のお昼前は、いつも息子と二人で音楽教室へと向かう。娘は午前中に学校があり、一度家に帰って荷物を置いていくという時間もないので、彼女は学校からそのまま音楽教室へと一人で向かう。代わりに私が娘の楽器や譜面台等のレッスンの用意をもち、さらに三人分のお昼ご飯をもっていき、レッスンが始まる前に音楽教室前で合流するようにしているのだ。

今日もいつもの土曜日と同じように息子と二人で音楽教室へ向かおうと家を出た。愛用の大きな鞄に楽譜、譜面台2つ、携帯、財布、ペットボトルの水、昼御飯のサンドイッチをつめ、背中に娘の楽器を背負っていた。

急がないと間に合わないと、慌てながら家のドアに鍵をかけ、行きしなに出していこうとドアの横に置いていたゴミの入った袋を手にとった。目の前の階段を2、3歩降りてすぐに「あっ!」と思った。

時既に遅し、世界がスローモーションへと変わった。

『ひややぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

ガシャン!ガシャン!

バタバタバタバタ!バサッ!バサッ!

ダダンッ!!

 

母(私)、階段でまさかの転倒。

悲鳴と騒音で下の階に住んでいるお姉さんが飛び出てきた。

『マダム!!!なに!?大丈夫!!!?』

ゴミ袋、譜面台2本、楽譜や携帯、鞄の中の諸々を階段にぶちまけ、前傾姿勢で階段の下方向に手をついてへたる私。あまりの衝撃に動揺した私は、そんなおかしな体制をろくにもとに戻せないまま

『大丈夫!ありがとう!大したことないから!うるさくしてごめんなさい!!』

と、さも平気そうにお姉さんに返事をした。

体制と言葉があまりに矛盾してたせいかオロオロしながらお姉さんが心配してくれ、これは不味いと体制を建て直し、本当に大丈夫だとお礼を伝えると、心配しながらも彼女は自室へと戻っていった。

微妙に足やら手やらが痛いなと思いながら散らかした荷物を集めていると

『ママ大丈夫~?』

と、さっきまでお姉さんがいた踊場のさらに下から息子が現れた。

『なんとか大丈夫~。急がなやばいな、遅れるわ。』

と言いながら、再び鞄と楽器とゴミ袋を手にした。急がないとと思いながらも動揺が拭いきれず、やたらとゆっくり慎重に階段を降りていった。中庭にある大きなゴミ箱に持っていたゴミ袋を放り投げ、アパートを後にした。

外は風が少し冷たかったものの天気もよくて、歩いていると少しずつ階段転倒の動揺は薄れていった。おもむろに、

『僕、ママは今日階段から落ちたって皆に教えてあげるな。』

と息子がいいだした。

『いや、何もいいことじゃないし教えんでいいから。』

と返事をするも、

『月曜日に先生にも言っとくし、友達にも言っとくから。』

とのこと。なぜにわざわざ報告するのかと、必須連絡事項でもないだろうよと考えていると、ふと落下時のスローモーション映像を思い出した。

落ちると思った瞬間、背中に背負ってるバイオリンは守らねばと焦りながら落ちていってた私は、一つ下の踊場にいてた息子が視界に入ったのだ。そして踊場にいた息子は、前のめりに倒れていきそうな母を見て、一目散にさらに階下へと逃げていっていた。

『なあ。ママが階段でこけた時さ、下に逃げたよな?』

と息子にきいてみると、

『うん。下におりたよ。』

と、サラッと悪びれることもなく言われたので

『ちょっとさ、「ああ!ママがっ!」って、助けようとかは思わんかったん?』

ときいてみた。すると、

『一緒に落ちるん嫌やったし。僕もチェロもってたから。』

との返事。

 

息子の二次災害回避能力について、適切な動きだと褒めたものの

息子脳内【ママ<チェロ】

という構図が拭い切れないのは普段の彼の生活スタイルのせいであり、気のせいだと思うしかない。

 

一日中、会う人会う人に

『ママ階段から落ちてんで~』

と吹聴されたあげく

軽く捻ったとばかり思っていた左足がどんどん痛くなっていき、家に帰ると腫れていた。

 

 

 

もう少し平和な日記を書きたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰還

10日ぶりに日記を書く。

正直、何をどう書いたらいいのやら…と悩みながらの日記である。

久々に日記を書こうとパソコンの電源を入れて、はてなブログを開いてみると、10日離れただけなのに懐かしさを感じて嬉しくなった。

この数日間、嫌いな書類手続きと、これまた嫌いな病院通いのダブルパンチに見舞われて、ネタでしかないような毎日になり、脳内整理どころか部屋の整理もできていなかった。

 

とりあえず、息子の中学進学をかけた諸々の手続きが無事に終わり

(小学校の校長先生と中学校の校長先生と中学校の保護者会とパリ市教育委員会がそれぞれ違う手続き方法を提示してきて、もうなんのこっちゃら……息子の場合少しイレギュラーな手続きもあったため、結局、色々調べあげてから書類を提出するも、受け取る側も把握していないのか、出せども出せどもポケットのビスケットかのように次々と提出を要求される書類が増えていき、あの手この手でようやく全ての書類を提出できたと思ったら、その翌日の朝イチに、

『マダム!!ずっと待ってるんだが書類はいつになったらできるんだ!!?今日の朝には必須だといっただろう!!!?え?何!?もう出した?んなばかな!?私はもらってない!!あ!まて!!もしかしたら、あっちの箱にあるかも!!………!!あった!!あったよ!!あった!マダム!書類があったよ!!よくやった!!!じゃっ!!』ガチャン!!

と、息子の小学校の校長先生からのお小言調書類探しライブ中継をきかされ、さらにその直後

「ちょっと!!!書類は!!?校長先生に渡さないと!!今日までよ!!?」

と息子の担任の先生からもメッセージが入り、またかと思い、すでに提出済だと返事をすると

「すばらしいわ!ブラボー!よくやったわ!!」

と、日本じゃ考えられないようなハイテンションで担任の先生からのお褒めの返事が送られてきた。)

 

さらに、書類作成の合間をぬってパリ郊外の病院にて負荷心電図、血液検査を受けるはめになり、

(遺伝性高脂血症な為、主治医から念のためにと心筋梗塞のリスクを測定するため運動しながら心電図を測ると提案された。この検査で引っかかるのだけは勘弁してほしいと若干ビビりながら病院へと向かった。検査室では心電図のコードを上半身各所にとり着けられ、そのままサイクリングマシーンをこぐように指示された。最初こそ恐る恐るといった気持だったのだが、横のおばちゃん看護師さんが

『いいこと!時速70キロを目指すのよ!!…そんなんじゃ全然だめよ!!もっとよもっと!70キロいったからいいと思っちゃだめよ!!75キロよ!!ほら、がんばって!!まだまだいけるわ!!もっといける!!もう自分をアスリートだと思いなさい!!!ほら、85キロを目指して!!ほら!!そのまま7分続けて!!いけるわ!いける!さらにあと3分よ!あなた、アスリートでしょ!!!?そうよ!その調子よ!!!』

と、「アスリートちゃうしっ!7分ちゃうんっ!!?てか、70キロってゆったやん!!」と随時ツッコミをいれたくなる声援をひたすらかけ続けてくれたおかげで、必死で笑いをこらえながらの検査を終えると、気分はすっかりスポーツジムにでもいたような気分にさせられていた。

さらに血液検査においては、いつもお世話になっている血液検査担当のお兄さんがあいかわらずの日本贔屓で、日本人は禅の心を持ってるだの、富士山を想うと注射なんて痛くないだのと励ましてくれ、「そもそも禅の心とはなんぞや?」と考えながらの採血となった。)

結果は、ありがたくも特に問題もなく、食生活のコントロールを怠らないようにとの注意だけで終わった。

 

そして検査と書類手続きが終わった翌日、〆に(?)歯医者へ行って親不知を抜いてもらった。

(診察予約の電話をかけ、症状とともに自分はこの歯科医院では初診になるとのことを伝えると、院内には複数人の医師がいるからと『男の先生がいい?女の先生がいい?』と聞かれた。それは何基準で返答したらいいのかと一瞬返答に困り『じゃあ、、、女性で?』と少し疑問を投げかけるように答えると、笑い声と共に『そうよね!この質問、何なの?って感じよね?笑!そりゃ困るわよね!笑』と、こちらの疑問を汲んで返事をしてくれた。質問内容は意味不明であったものの、なんともフレンドリーな歯科医院だと、私は少し嬉しくなった。

予約当日、そんなフレンドリーな歯科医院へむかい、親不知を抜歯してもらうことになった。今までに親不知を抜いてもらった経験はあったし、麻酔も効きだしていたのだが、女医さんにあまりに勢いよく奥歯を動かされそうになり、おもわずビクッとしてしまった。そんな私に、横にいた歯科助手のおばちゃんが

『大丈夫よ。大丈夫。すぐ終わるから。』

と優しく微笑み私の手を取ってくれた。なんとも優しいおばちゃんだと感激したのだが、さらに驚くことに彼女はそれから治療が終わるまで終始私の手を握っていてくれたのだ。フレンドリーどころか、もはや私はあやされる子供で、ここは実は小児歯科なんじゃ?と可笑しく思うくらいだった。しかし、小さい頃から歯医者が大嫌いな私には彼女の優しさがとても嬉しく、医師の性別どうこうよりもここはおばちゃん衛生士こそ指名したいなと思えた。)

 

と、こんなこってり濃いめのネタにしかならない10日間を過ごしながら日々『くそ~日記に書いてやる~』と思うも 、あまりにイレギュラーな事態の多さに体力気力とも足らず、隙あらばひたすらに脱力していた。


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脱力中のアナログ遊び

自作影絵『ワニ』

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我ながら自慢できるなと満足した。

 

アホなことしてないで、

そろそろ日記に戻ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エイプリルフール適用外

昨日はエイプリルフールであった。

フランスでは、4月1日のことを【Poisson d'avril(ポワソンダヴリル)=四月の魚】と言い、日本の「嘘をつく」という遊び以外に、魚の形のお菓子を食べたり、友達の背中にこっそり魚の絵を描いた紙を張り付けたりと、魚にちなんだ遊びをする。

 

そんな昨日、我が家の娘&息子も学校から帰って来るや、それぞれの学校での魚遊びの様子を教えてくれた。

息子の学校では、息子の担任の先生の背中に20枚以上の魚の絵が、生徒たちによってこっそり張られたらしい。何も気づかない先生は

『校長先生の背中に魚の紙を張れた人には飴一箱をあげるわ!』

と、自身の後ろ姿など想像せずに子供たちといたずらを考えていたとのこと。結局、残念ながら校長先生の背中に魚は張れなかったらしいが、その担任の先生の姿があまりにおかしくて楽しかったと、息子は嬉しそうに私に話てくれた。

娘も、いつも厳しい感じの先生の背中に魚の紙を張りにいって、ばれて張れずに終わった話や、クラスの男の子たちが魚の紙を警戒して背中を壁に向けて横に歩いていたというおかしな話を楽しそうにしてくれた。

ここ数日うまく進まない事務手続きに辟易とし、若干やさぐれていた私は、子供たちのそんな楽しそうな様子を聞けて嬉しくもあり、羨ましくもあった。

『いーなー。ママも遊びたかった~。日本にはそういう遊びなかったからなあ。あったら全力で張って回ったのに~。』

と、ぼやくと娘に

『やろうな。ママ、好きそうやもんな。むしろママが今日学校来てたら悲惨なことになってたやろな。』

と返され、こんな楽しい行事がある日に私は何をしてたんだと、昼間の書類作成の時間に魚の張り紙の一つや二つ作って子供たちを迎え撃てばよかったと、己の面白みのなかった朝からの行動をひどく後悔した。

『あ、そうや。』

急に娘が言い出した。

マ(私)『?』

娘『今日、国語の期末テスト帰ってきてさ、何点やったと思う?』

マ『!?期末!!?そんなんあったん?え、そんなん言うくらいやし良かったん?』

娘『ふふ。なんと!!なんと!!20点満点!!すごくない!!!?』

マ『え!!!?うそ!!?すごいやん!?ってか、いつの間に(テスト)あったん!!?』

娘『いや、私もテストあるん忘れてて。先週テスト配られて気づいたん。』

マ『!やめてそういう、おっそろしいことするん!!でも、すごいやん!それで満点て!』

娘『ふふ。まあ、嘘なんやけどな。』

マ『は?』

娘『今日エイプリルフールやし。嘘許される日やん♬あ、ほんまは17点な。』

魚遊びにばかり気を取られていた私は、すっかりエイプリルフールの嘘遊びを忘れていたのだ。娘にそう言われ、ようやく自分がエイプリルフールの嘘に騙されていたのだと気づいた。

マ『ははああ!!?なにそれ!!も~!!くやしい!!…ん?まってまって!嘘ってどこからどこまでよ?期末はあったん??』

娘『エイプリルフールやし怒ったらあかんねんで~。嘘なんは20点ってことだけやで。』

マ『は?じゃあ、期末があったけど、すっかり忘れてたってくだりは嘘じゃないん?』

娘『ああ、それはほんまやで。でも今日は嘘大丈夫な日やから、怒ったらあかんねんで♬17点あったんやし、いいやん♬』

マ『……いや嘘とかどうとか…もう、なんてゆうか…』

ショックを受けている母を見て、まんまと嵌めれたと娘は上機嫌に笑っていた。

 

点数を騙されたショックより、期末テストを忘れるような娘にこそショックを受けていたのだとは、娘は知る由もない。むしろ、母はそれこそが嘘であってほしかった…。

 

 

愛犬ではないはず

『…………?』

足元に大きな塊がある気がした。

明け方、暖かな布団に埋もれて寝ていると、足に何かが当たった。まだ現実世界に戻りきれていない頭ながら、足元に何かしらの塊があることに気付いた。夢現で何があるかなど気にすることもなく、当たらないよう足を布団の端の方へと寄せるだけよせ、気にせず眠り続けた。

どれくらい経ったかわからないが、再び足元に何かが当たった。寝心地が悪くなり体を小さく丸めた。

再びどれくらい経ったかわからないが、またしても足元に何かが当たった。かなり身体を丸く小さくしていた私は

『もー!なにっ!!?』

と半ギレになりながら、ガバッと上体を起こし、自分の足元のほうを見た。

私の足元にはなぜだか息子がいた。息子はまるで大型室内犬かのように私の足元近くに入りこんで眠っていた。

『犬かっ!!』と呟き、自分のベッドへ戻るように促そうと息子を揺さぶったが、息子は全く目も開けず、嫌そうに鬱陶しそうな顔をしながら眠り続けた。

しかたがないので、息子を起こすことを諦め、再び枕の近くで丸くなって息子と寝床を半分こした。

小さく丸くなりながら浅い眠りについていると、

『ママ~、朝ご飯つくって~。』

と娘が起こしに来てくれた。

時計をみると朝七時過ぎだった。数時間前からの息子の侵入により寝苦しくてまともに眠った気がしなく、いつもの数倍面倒に思いながら起きることにした。身体を起こし足元を見るとやはり変わらず大型犬のようなに眠る息子がいた。人の貴重な睡眠を邪魔しやがって~っと恨めしく思いながら、息子をほって台所へと朝食をつくりにむかった。

三人分のサンドイッチを食卓に並べると、起きてこない息子をおいて先に娘と二人でサンドイッチを食べることにした。明け方の息子の所業を娘に愚痴りながら朝食を食べた。娘と二人での朝食を終えてから、いい加減そろそろ息子を起こさねばと私は自分の寝床へと息子を起こしに向かった。

母の布団で気持ちよさそうに寝続けている息子を見て、寝不足気分の私は心底うらやましくなり、もう一度息子の寝ている私の布団に入り込んだ。その瞬間、

『もう!!』

『あっち行ってよ!一人で寝てんねんから~!』

と、目を閉じたままの息子に超絶鬱陶しそうに叫ばれた。私はガバッと起き上がり

『誰の布団やー!!!』

と叫んだ。

が、息子、母を無視。

あまりの理不尽具合に、全力で息子を揺さぶり起こしにかかった。

『おきや!!』

『そこママのとこやしな!』

『あんたんとこちゃうしな!』

『いつまで寝る気よ!!』

『もう起きやな間に合えへんで!!』

と言いながら布団に隠れる息子をゆするも、全く布団から出てこようとしない息子。かくなる上はと、

『じゃあ、サンドイッチ、ママが全部食べるからな!!』

と叫び、揺さぶるのをやめた瞬間、

『たべるよ!!』

と叫びながら布団からガバッと息子が現れた。

 

 いつもの息子の起き方とはいえ、餌につられるその様に

実家の愛犬を重ねてしまった。