アナログゲーム②
『しりとりしよう。』
地下鉄電車内にて、母への対抗心を再燃させたのか娘がまたしても提案してきた。『もう巻き込まれるのはゴメンだ。』とでも言いたそうな息子は参加を辞退。それでは二人でしようと食い下がる娘に
『しりとりは終わらないから嫌や。』
と断ると、
『普通のじゃなくてさ。増えていく分も最初から言わなあかんやつしよ。私がリンゴって言ったら、ママは「リンゴ、ゴリラ」っていうねん。で、私は「リンゴ、ゴリラ、ラッパ」って全部最初から増えた分を言ってからしりとりするねん。増えていく分覚えとかなあかんから、絶対勝負つくやろ。』
と、ちょっと変わったしりとりを提案してきた。それならば面白そうだと、軽い気持ちでしりとりを始めた。
娘『じゃあ、私から!アリ(蟻)!!』
マ『アリ、リス。』
娘『アリ、リス、スリ。』
マ『アリ、リス、スリ、リカ』
娘『アリ、リス、スリ、リカ、ガリ』
マ『アリ、リス、スリ、リカ……』
母娘で交互に復唱しあう呪文のようにしりとりを唱えた。地下鉄電車内で、外国人二人がわからぬ言語で交互に復唱する様は周りの人達からすると若干不気味だろうよと、そんなことを悠長に思いながら娘としりとりを続けた。
娘『アリ、リス、スリ、リカ、ガリ、リンゴ、ゴリラ、ラクダ、ダンゴ、ゴマ、マゴ、ゴ、ゴマシオ、オニギリ、リコウ、ウシ、シ』
マ『……アリ、リス、スリ、リカ、ガリ、リンゴ、ゴリラ、ラクダ、ダンゴ、ゴマ、マゴ、ゴ、ゴマシオ、オニギリ、リコウ、ウシ、シ、シンガポール』
娘『アリ、リス、スリ、リカ、ガリ、リンゴ、ゴリラ、ラクダ、ダンゴ、ゴマ、マゴ、ゴ、ゴマシオ、オニギリ、リコウ、ウシ、シ、シンガポール、ルビー』
どんどん覚えないといけない単語が増えていき若干辛くなってきた。伝言ゲームのように難しい単語を混ぜたら難易度はあがるだろうがこちらとしても難易度があがるか…とかなんとか考えながら、ひたすら増え続ける単語を覚えていった。負けず嫌い母娘は一向にしりとりを止めず、地下鉄を降りてから音楽教室までの道を歩きながら、もはやしりとりではなく記憶力勝負と化したそれを制するため二人は淡々と単語を言い合った。時折、息子から
『まだぁ~?』
と苦情がくるも、
『もう終わるよ!』
といいながら続ける母娘。お互い、『早く忘れて負けてくれ!』と思っていただろう。少なくとも私はそう強く願っていた。しかし、ここまで来たら負けれまいと必死になり、結局、娘のバイオリンのレッスンが始まる寸前まで言い合ったのだが勝負がつかないままとなった。
正午から一時間のバイオリンレッスンを終え、その後バイオリンの先生が
『安くて美味しいタイ料理屋さんがこの辺にあるんで行こうと思うんですが、よかったらご一緒にどうですか?』
とお昼ご飯に誘ってくださった。
朝も外食だったのだから昼は自宅へ帰るつもりだったのだが、【安い、旨い、タイ料理】という抗いがたい単語を並べられた上、
『せっかくのバカンスやったのに、さほど遊びにも行ってないっ!!』
という子供達の主張に同感し、ありがたくご一緒させていただいた。
教室から歩いてすぐのところにあったタイ料理屋さんは小さな店構えで店内に食べれる場所はなく、カウンターで注文し、路上に並べられたテーブル席で食べるという、屋台のようなお店だった。テーブルで注文した料理を待っていると、屋台風とは思えないお洒落に盛り付けられた美味しそうな料理が運ばれ、娘&息子&私は大はしゃぎした。
天気のいいバカンス最終日の午後、子供達の大好きなバイオリンの先生をいれて四人で路上タイ料理を楽しめ、バカンスの〆としては満足すぎるほどだと思えた。
昼食を食べ終わり、レッスンのお礼とお別れを告げ、三人で帰りの地下鉄へと向かった。地下鉄の電車に乗るとすぐに娘が
『続きするで。(しりとりの)』
とまさかの一言を放ってきた。
マ『ええ!?まだやるん?お腹いっぱいやし、もうつらいんやけど…』
娘『いけるって。はい。アリ、リス、スリ、リカ、ガリ、リンゴ、ゴリラ、ラクダ、ダンゴ、ゴマ、マゴ、ゴ、ゴマシオ、オニギリ、リコウ、ウシ、シ、シンガポール、ルビー、ビストロ、ローリングスカイ、イクラ、らっきょう、うきわ、わに、にんにく、くのいち。はい、ママやで。』
この娘、容赦ないな…と思いながら再び
『……アリ、リス、スリ、リカ、ガリ、リンゴ、ゴリラ、ラクダ、ダンゴ、ゴマ、マゴ、ゴ、ゴマシオ、オニギリ、リコウ、ウシ、シ、シンガポール、ルビー、ビストロ、ローリングスカイ、いくら、らっきょう、うきわ、わに、にんにく、くのいち、ちかてつ。』
と続投に応じた。我関せずと無関心をきめこむ息子の横、再びデジャヴュのように呟きあった。
『アリ、リス、スリ、リカ、ガリ、リンゴ、ゴリラ、ラクダ、ダンゴ、ゴマ、マゴ、ゴ、ゴマシオ、オニギリ、リコウ、ウシ、シ、シンガポール、ルビー、ビストロ、ローリングスカイ、いくら、らっきょう、うきわ、わに、にんにく、くのいち、ちかてつ、つめ、めぐすり、リメイク………』
『アリ、リス、スリ、リカ………』
いつになったら終わるんだ…と、早々に勝負がつくだろうとたかをくくっていたことを後悔した。結局、負けず嫌い母娘によるしりとりの体をした記憶力耐久バトルは、地下鉄と徒歩を合わせて計約一時間の帰り道の間も勝負はつかなかった。
爽やかな昼食時間から一転、自宅の前に着く頃には脳みそが疲れきっているような気分だった。生まれて初めてしりとりを辛いと感じた。自宅を前に私は、
『……もうやめよ…ママもう無理……考えたくない…』
と、敗北を認めた。
母の敗北に娘は嬉しそうだった。
アナログゲームも侮り難しと実感した。