異文化交流②
『これ持って行っていいんやんな?』
と娘がハンガーに掛けられていた黒いチャイナ服を手にしながら私に尋ねてきた。
マ(私)『…どうぞ。アイロンはかけておいたよ。』
娘『ありがとう。』
前日の夜更かしが祟って、朝から眠くて仕方がない私は、パジャマのまま半ばぼーっとしながら娘と話していた。娘は午前中にスポーツの授業があるらしく、既にスポーツ用の黒いズボンをはいて上に前開きのフードのあるトレーナーを着ていた。朝食をとり終わると彼女は学校の用意をしながら
『黒のバレリンどこに片付けた?』
と私に尋ねてきた。
バレリン(ballerine)とはバレリーナが履くような、バレエシューズによく似た形をした平べったい女性用の靴のことで、冬場に履くには寒そうに見えるので私は彼女の黒いバレリンを靴の箱の中に片付けていたのだ。
娘『今日の発表会で履くから。』
マ(私)『へ??あのチャイナ服に?バレリン?』
娘『うん。先生ができたらそうしてって言ってはったから。』
一瞬、なんでチャイナ服(中国文化)にバレリン(欧州文化)なんだ?と思ったのだが、よくよく想像力を働かせると、ブルースリーが履いていたようなカンフー靴とバレリンが酷似していることに気が付いた。よくよく先生はアジア文化全般が好きなのだろう、アジアにおける国境がないことになっているなと、少し可笑しくなった。しかし、そう考えるとズボンは何でもいいのか?と、気になり娘に聞いてみたが、ズボンは何でもいいみたいだから、娘はそのままスポーツ用の黒いズボンを履くとのことだった。
『じゃあ、またあとで。』
と、娘は黒いチャイナ服とバレリンを学校カバンにつめて出かけて行った。
昨日は私も娘の学校で行われている文化行事についての打ち合わせで、2,3時間後には彼女の学校へと行かねばならなかったのだ。娘に続いて、息子と主人を送り出した後、眠気に負けて二度寝へと戻らないよう気を付けながら、出かける用意をして娘の中学へと向かった。
お昼休みの時間になって私のいる教室に娘が会いに来た。
娘『ママ!発表会で、みんなレギンス履くんやって!だから発表会が始まる前にレギンス持ってきてな!レギンス!発表会、見に来るんやろ???』
マ『レギンス?なんでレギンス?チャイナ服の下にレギンス?』
娘『?そやで?うちにあるやん。レギンス。ユニクロのとか。タイツみたいなん。』
マ『わかってるよ。レギンスやろ。レギンスの上は?』
娘『上?あの黒いチャイナ服やで?だから、レギンスだけ持ってきてって。』
マ『違うやん。レギンスの上には何もスカートみたいなの履かへんの?あのチャイナ服にレギンスだけって変やろ。』
娘『はあ?何ゆってるんママ?みんなそうしてるって。ってゆうか、レギンスだけの子いっぱいいるやん。とにかく、レギンスだけ持ってきてな。』
ささっと母とのやり取りを終わらせ、彼女は友達たちのいるほうへと向かっていった。
レギンスを頼まれた母は、脳内でレギンスについてのあらゆる情報をひっぱりだした。すると確かに、フランス人の女の子たちの中にはレギンスだけを履いている子も結構いるなと思えてきた。それどころかそういえば最近、日本人はレギンスをタイツのような感覚で履くがアメリカではレギンスはレギンスオンリーでストレッチスリムパンツのように履かれているのだと書かれていたツイッター記事があったなと思い出した。なるほど、言われてみれば娘はそういった欧米女子文化の渦中にいるので、レギンスオンリーだろうと平気で、まったく違和感がないのだなと納得がいった。
しかし、彼女の主張に納得がいこうがチャイナ服&レギンスに納得がいったわけではなかった。なんせチャイナ服だ。まして、そのチャイナ服はワンピースのように長い丈でもなく、形的に言えば前開きのパジャマのようなフォルムをしていた。欧米女子がオシャレでTシャツやトレーナーとレギンスをシンプルに着こなしているのとはわけが違う。私は、日本の芸人さんの江頭2:50さんにチャイナ服を着せた姿を想像し、『あかんやろ!』と、瞬時にそう思えた。ともすれば公序良俗に引っ掛かるくらい可笑しな格好のような気がした私は、発表会にレギンスをもっていってやるかどうか、ひたすら悩んだ。しかし、かなり悩んだものの、やはり皆と一緒がいいかと娘の頼み通り、これはいいのか?と思いながらもレギンスを持っていくことにした。
夕方になり、鞄に言われた通りレギンスを入れ、息子とともに娘の発表会へ向かった。レギンスを持ってきたものの、道中の私の意識は相も変わらず江頭氏を忘れられずにいた。しかも、合唱をするからにはある程度な人数もいるし、まして男の子もいるだろうとさらに想像を深め、大人数の江頭氏を思い描いたりもした。発表会中に吹き出すことを我慢出来るかと不安になりながらも、想像で時折笑ってしまってる母に息子は『なに?ママ?どうしたん?』と少し怪訝そうだったので、
『なんもないよ?上手に歌ってくれるかな?』と、誤魔化した。
娘の学校につき発表会の会場にむかっていると、数人の黒いチャイナ服を来た女子生徒を見かけた。彼女らは私の想像の江頭氏とは全くの別物だった。
娘は背が高いほうで大体の女生徒は娘よりも身長が低い。なおかつ最近の子は手足が長いからか、短いパジャマ丈のチャイナ服も腰のあたりにベルトをつけて着ているとかわいい短いワンピースに見えたのだ。なるほど、チャイナドレス的な感じかと、これはかわいらしくて吹き出すこともないなと、一安心し会場へ向かった。会場に入ると舞台に50人を超えるであろう黒いチャイナ服の子供集団が既に練習をしていた。大人数なうえ、性別も身長も人種も様々だったので、服装の微妙な着こなし具合など、ぱっと見た感じだと気にはならなかったが、よく見ると男子は皆レギンスではなく黒のズボンで、女子は小さい子たちは主にレギンスで、背の高い子たちはレギンスの子もいれば、普通に黒ズボンの子もいるという具合だった。
ちょうど娘を見つけたので、スポーツズボン姿の娘にレギンスを持ってきたことを伝えたが、周りの子たちを見てか『やっぱり、このズボンでいい。』と拒否された。しかし、彼女にとってはそのほうが似合うだろうと私も思ったんで、持ってきたことを悔やむことはなかった。
しばらくして発表会が始まる合図が鳴ると、ざわついていた舞台いっぱいの黒チャイナ集団は3列にきれいに並びだした。並び終わると指揮者であるフランス人の音楽の先生が現れた。アジアを愛してくれているであろう彼女もまた、生徒たちと同じ黒レギンスにチャイナ服姿だった。
伴奏に続き四部合唱が始まった。
圧巻の出で立ち。
黒いチャイナドレスの指揮による黒いチャイナ服チャイナドレス集団の『ふるさと』
先日の体育に続き、これまた異文化交流を考えさせられる見事な演奏だった。
あれ以上印象に残る『ふるさと』を聞くことはそうないだろう。