i-chi-tora’s ura-diary 一虎裏日記

"王様の耳はロバの耳"よろしく、徒然なるままに憎らしくも可愛い娘&息子の愚行を愛をもって暴露していくことを中心とする裏日記

サムの有名なピザ

10年以上たった今でも忘れられないピザ屋がある。

 

ひたすらまっすぐに進む二ューヨークの地下鉄6番線に乗りマンハッタンを南から北上すると、北へ行くほどに高級住宅地から離れ車内の客層が変わっていく。高級住宅地を通り過ぎ一路北へと向かっていくそんな車両の中、アジア人は私一人。いつものこととはいえ、やはり若干目立つか?と思いながら、ちらちらと見られる視線を無視し、一人ドアの前で真っ暗な窓の奥を眺めていた。

『116th street』

電車内の停車駅のアナウンスが聞こえ、目的地に着いた私はホッとしたと同時にすぐさま電車を降りた。嗅ぎなれたよくわからない異臭を感じながら、足早に階段を上がるといつもと変わらない長蛇の列が、交差点から私のいてる地下鉄の入り口横まで伸びていた。

ニューヨークのイーストハーレム地区116番通りの交差点の角にその店はあった。そのすぐ近くのアパートに住んでいた私は、その長い列に何の意味もないことを知っていたので、迷うことなく最後尾に並んだ。列の長さとは裏腹にあれよあれよと数メートル進み、あっという間に店内へ入れた。お世辞にも立派だとは言い難いプレハブのような外装をしている小さなピザ屋に入ると、私の前に並んでいた3、4人の客が店の人間に注文を伝えていた。

狭い店内。店のあちこちに積まれているピザの箱。3人程しか立てない唯一のカウンターテーブルにまでピザの箱が天井付近までつまれていた。店員さんの立っているレジカウンター奥の棚は、これまた所狭しと醗酵させたピザの生地が100以上の丸いタッパに入れられ文字通り山のように積まれていた。そんな中、レジカウンターにはプロレスラーばりに体格のいい黒人さん、同じく体格のいい入れ墨だらけの髭のある白人のおじさん、さらによく似た風貌のお兄さんまでが立っている。

『いつ来ても、客の量も箱の量も店員の体格も全部無理やり押し込んでるよう様にしか見えないな…』見渡しながらそんな風に考えていた。

『Hi !!』

と、声をかけられ、はっとした。

私がいつもと同じように挨拶をし、アンチョビピザを一切れ頼むと、

『相変わらずの英語だな!』と私のつたない英語の発音に店のおじさんが笑いながら言ってきた。彼は近くにおいてあった卵を一つ掲げ私に見せた。

 

おじさん『いいか?これは Egg だ!!言ってみろ!』

私『 Egg?』

おじさん『 Egg!!』

私『 Egg!』

おじさん『 THIS  IS  AN  EGG!!』

私『 THIS  IS  AN  EGG!!』

おじさん『よし!OKだ!!』

 

なんのこっちゃら!と思いつつ『Thanks!』

とお礼を言う頃には、まわりの人たち皆から生暖かい目で笑われながら見守られていた。

 

私に英会話を教えた後、彼は潰れたボールのような形をしたピザ生地を手に取り素早くグルグルっと回した。『かっこいいだろう?』と言わんばかりに得意げなおじさんは、とてもかっこよかったのだけれども、どう見ても海賊にしか見えなかった。

それから彼は乱暴にトマトソースを生地に乗せたかと思うと、スプーンで素早く丁寧にそれらを広げた。さらに均一になるようにかけられるチーズ、私の注文したアンチョビは、原価は大丈夫か?とこっちが気にするぐらい大量に乗せられた。あっという間にできあがったそれらは素早くカウンター奥のオーブンに入れられ、その間に代金の3ドルを払った。500円以下で本格手作りピザをこんなところで食べれるとは誰も知らないだろうよ、と勝手な優越感を感じていると目の前にささっと箱が置かれ、オーブンから出されたピザがカットされ乗せられた。日本のМサイズのピザがゆうに入りそうな箱に、八分の一にカットされ三角になっているのにも関わらず、箱ギリギリに押し込められる大きいピザをみると、すぐにでも食べたくなり、いっそカウンターで食べていきたくなった。しかし、途切れることなく増え続く長蛇の列と積みあげられた箱たちに申し訳もなく、お礼とさよならを告げて店を出た。

熱く大きなピザの箱を抱えて目の前の交差点を渡り、ふと、そういえばあのピザ屋の名前を知らないなと気づいた。手にしている箱にも書いていないので、振り返ってピザ屋を見ると、店のかなり上のほうに目立たない色で店名が書いてあった。

 

『SAM 'S  FAMOUS PIZZA』

 

自分で有名ってゆうか普通?

ってか、あの三人の誰がサムだ?

などと考えながらすぐ目の前の通りにある自宅へと大事なピザを抱えて帰った。