パラレルワールドへの誘い
息子に算数を教えなければならなくなった。
持って帰ってきた分数の練習問題の見事な間違いっぷりに、このままではまずいと私自らが決意したのだ。しかし、相手は誰あろう息子。娘の社会科の勉強に付き合うのとは、国内旅行と宇宙旅行くらいに次元が違う。
かつて私は息子に掛け算を教えたことがあった。彼は算数に限らず他の教科の成績においても、お世辞にもよくできているとは言えないような状態だった。しかし、なぜか興味が向いた部分に関してだけは、すぐに暗記することができた、掛け算に関しても、九九を暗記するとゆう部分だけは驚くほど速くにやってのけたのだ。だが、計算式をいくら覚えようと、それらがひとたび文章問題に変わった途端、ほぼ全ての問題が不正解に変わってしまったのだ。当時の私は短絡的で、それらの現象は息子の文章の理解力に問題があるのだと思い、わかりやすい文章題を紙に書いて見せ、なるべく想像しやすいようにゆっくりと話しをしながら息子に説明を試みたのだ。しかし…
マ(私)『今日はお客さんが来ます。なのでママはフルーツをお客さんに出そうと思って八百屋さんに行きました。』
息子『ふんふん。八百屋さんね。』
マ『そこで、ママはモモが3個入った袋を5個買いました。モモの数
は全部でいくつでしょう?』
と、できうる限りジェスチャーをつけたりしながら問題を出した。
息子『8個』
まあ、予想の範囲内の間違いだなと思い、間違いを彼に説明した。
マ『それは、モモの数と袋の数を足してるんよな。わかる?袋にモモが3こ入ってるんであって……』
息『うん。』
『で、メロンは?』
マ『は?』
『メロン?』
息『うん。メロン。』
『お客さん来るんやろ?』
マ『…メロン』
『メロンは……』
『買い忘れた…かな…』
息子『メロンは無し?』
マ『メロンは…無しやな。なし。…というか、あんたメロン嫌いやん!』
息『いや、まあそうなんやけどなー』
マ『…いいから。とりあえずメロンは忘れよ。』
息子『えー』
母『……』(算数やったよな?算数?国語ちゃうかったやん??え、算数ですよって言ってない方が悪いんかな????)
…といった理解し難いやり取りが相次いだのだ。こんなやり取りに疲れ切った母の代わりに、彼の姉である娘が代打で登場し、試しに引き算の問題を彼女自ら考え出したこともあったのだが…
娘『ここ(テーブル)に20ユーロあります。』
息子『ふんふん。』
娘『今からこのお金をもって19ユーロで飴を買うとする。じゃあ、どうなる??』
息子『…え』
『……えっと』
チラッと私の方を見た後
『……ママが…怒る?』
娘、敢えなく撃沈。
テーブル横で崩れ落ちる娘。
関わらないようソファーで丸まり布団をかぶり隠れる私。内心(そりゃそうだ。19€も飴に使おうもんなら、そりゃキレる。大正解!!合ってはいる!合ってはいるが!!!!)といったものだった。
テーブルには、我々のリアクションの意味がわからないという顔の呑気な息子がいた。
算数の問題を携えていた我々は、算数も国語も日常も何もかもが混ざった息子の超多角的パラレルワールドにうかつにも足を踏み入れ、完全に飲まれてしまったのだった。
異世界から生還後(おちついてから)、娘との協議の末、息子にはまず第一に『これは算数の世界の話である』と数学の定義の様に宣言すべきで、さらには問題には過度の興味を抱かせないよう細心の注意を払うべしといった解決案が出されたのだ。
それから随分経ったとはいえ、この恐ろしい経験は今でも鮮明に覚えており、やはり今でも息子に何かを説明するとなるとそれなりの覚悟が必要に思えてくるのだ。
果たして無事に分数の話は算数の話だときいてもらえるだろうか…